【山歩き】紀伊半島(25年冬)①玉置-本宮(大峯奥駈道)「樹霜」

紀伊半島

大峯奥駈道を歩いてきた。

前回からのつづき

25年 大峯奥駈道

↑第1弾(6月15日)吉野~五番関

↑第2弾(10月18日)阿弥陀森~一ノ多和

↑第3弾(11月2日~4日)一ノ多和~玉置山

↑第4弾(11月14日)「五番関~山上ヶ岳~阿弥陀森」

↑第5弾(11月16日)大日岳

吉野より本宮までの、大峯奥駈道。
今回は、残された「玉置山から本宮まで」の間を歩く。

ルート

日程  :日帰り(2025年12月27日)
メンバー:友人と2人
山域  :大峰山脈(山上ヶ岳)
総距離 :19.4km(+1140m、-2071m)
電波au :奥駈道は比較的良好
避難小屋:なし
テント場:なし
トイレ :玉置神社P・七越峯・本宮大社横
水場  :玉置神社
ルート :玉置神社P
登山者 :五大尊岳山頂でソロの方のみ
ヒル  :なし
ハチ  :なし
クマ  :なし(糞あり)
シカ  :なし
サル  :なし
イノシシ:なし

友人の車も使って、玉置神社Pと本宮大社Pに車をそれぞれ停めた。

※今回行程の靡(なびき)
第9靡 水呑宿(みずのみしゅく)
第8靡 岸の宿(きしのしゅく)
第7靡 五大尊岳(ごだいそんだけ)
第6靡 金剛多和(こんごうたわ)
第5靡 大黒岳(だいこくだけ)
第4靡 吹越山(ふきこしやま)
第1靡 本宮大社(ほんぐうたいしゃ)

スタート(玉置神社P)

玉置神社Pより果無山を望む

家(3℃)より高速を使って集合場所の本宮大社まで向かう。
高速フル使って、家から熊野大泊ICまで約2時間。
少し早く起きたので、津まで下道使いそこから高速に乗る。
それでもフル高速より20分遅れで熊野(10℃)へ到着する。
そこから本宮大社(3℃)まで50分程で到着した。
そして友人と合流し、玉置神社へと向かう。
山道を登って行くと、白く雪が積もっていた。
その道中、関東ナンバーのノーマルタイヤのワンボックスが立ち往生していた。。
駐車場へ着き準備して出発する(-3℃)。

御本殿

礼拝する。
狛犬にも雪が積もる。
神職さん達が、ブロアーやほうき等で境内の雪を吹き飛ばしていた。

神代杉

「樹齢三千年・幹周八.五米」で、玉置神社の御神木である。
御本殿のすぐ横にある。

大杉

「樹齢千年・幹周十.五米・高さ五〇米」。
奈良県で随一の大きさを誇る。

早朝で誰も居なくて、境内の杉をゆるりと愛で本宮へと歩きはじめる。

奥駈道

薄っすら雪が積もる。

犬吠檜

鳥居を潜ると、朽ちた檜の根株に注連縄が。
その昔、熊野灘が暴風雨で連日荒れた漁民が玉置山に晴れを祈った。
一匹の白い犬が現れ、檜の根元で一声吠えると海はなぎ晴天になったと言われている。

本宮辻まで下り、峠から再び登り返す。

振り返り玉置山を望む

真っ白な玉置山も珍しいかなと思う。

第9靡 水呑宿(みずのみしゅく)

昔熊野の修験者は、ここに七日間逗留することになっていた。
今は涸れているが、昔は清水に恵まれていた。
現在は、奥駈道から外れている。
そのため、今回は止めてそのまま奥駈道を進む。
またの機会に寄りたい。

熊野灘を望む

玉置神社を出て、初め眺望が開ける。
旧篠尾(ささび)辻を越えた所である。
眼下に熊野川町篠尾地区が見える。

大森山山頂(1078m)

杉に囲まれ眺望は無い。
玉置山(1076m)と変わらぬ高さを誇る。

護摩木

恐らく水呑宿へ行かず、代わってここで勤行しているのかなと思う。
ここからの道がとてもいい・・・

ユズリハの霧氷

霧氷

とても綺麗だな。

樹氷の森がとても綺麗

写真撮ってばかりで進まなくなる。。

新篠尾辻へ向けて下って行く。
途中ロープ箇所がある。
雪が無ければ何とも無いけど、薄っすらと雪なので慎重に下る。

第8靡 岸の宿(きしのしゅく)

勤行

現在は宿があったと考えられない場所にある。
書籍(七十五靡)では、ここと旧篠尾辻の間「切畑道」の中間に宿場があったのでは書かれている。

果無山脈

・853と・825の間で眺望が開けた。

第7靡 五大尊岳(ごだいそんだけ)

不動明王像

・825にあるのが、五大尊岳になる。
「細見記」では、山頂の細長く狭いことを「蟻の戸渡り」と表現している。
この狭い山頂で、丁度本宮から歩かれてきた方と談笑させていただく。
玉置山までピストンするとのこと(驚愕)。

真言密教の五大尊。
降三世明王(東)、軍荼利明王(南)、大威徳明王(西)、金剛夜叉明王(北)が四周を固める。
そして中央に祀られた不動明王を守護している。

ここから下りが急峻で雪が薄っすら付いて慎重に下る。

大塔山地など見渡せれる

眼下は熊野川。
奥の地区は、本宮になる。
まだ遠いな。。
正面の高いのが「大塔山」で、その右の台地が「法師山」になる。

第6靡 金剛多和(こんごうたわ)

役行者石像

大峯三多和(一ノ多和・船ノ多和)の一つである。
八大金剛童子の後世童子が守る宿所の一つである。
場所は、熊野川町篠尾と本宮町上切原を結ぶ峠に位置する。

第5靡 大黒岳(だいこくだけ)

大黒天神岳(573m)

大黒天を崇拝対象とした行場であったと考えられるが、現在何も祀られていない。
眺望もない。
礼拝。

ウバメガシの落ち葉が多く滑りやすい

果無山脈を眺める

鉄塔と交差し、眺望が開ける。
そこで東に方角を変え下りて行くので焦る。。。
尾根通しの道は、崩落の危険なのか迂回せねばいけないみたいだ。

白見山

田長谷源頭の白見山が正面に見える。
ここは大崩落している。
トラバース道が整備されており有難い。

山在峠(さんざいとうげ)

山在峠も行所となっている。
法華経や大日経を納める、宝篋ほうきょ印塔が立つ。

第4靡 吹越山(ふきこしやま)

行者堂

役行者と理源大師が安置されていたが、持ち出されたとのこと。
山上ヶ岳、玉置山と並びここにも「玉石」の霊石あったが、現在は土砂に埋もれ所在が分からない。
中世の順峯の奥駈百日修行では、先ずこの吹越宿で十四日修行している。

2016年 熊野修験・春峰入り撮影

高木導師

9年が過ぎ、行者堂がとても朽ちてしまっている。

振り返ると大森山が見える

ここは、、
吹越宿の行所から間違えて入ってしまった林道。。
林道に釣られて、奥駈道への道を見逃した。
しかし大森山を見れたので、結果オーライだな(笑)

シラカシの巨木

大斎原(おおゆのはら)展望地

眼下に大斎原の大鳥居が、見下ろせる。
ここを過ぎると広場があり、トイレもある。

七越峰

七越峰(262m)

大斎原展望地から10分程歩くと、七越峰へ着く。
書籍では、吉野から数えて七番目の峰であると言われている(?)。
江戸時代後期に祀られた石仏二体がある。
写真では撮って無いが、もう一体は首なし石仏があった。

夕日

もう沈みそうだ。(15:54)
シダと常緑樹と針葉樹の森が広がる。

「ぬれわらじの入堂」(熊野川)

備崎橋が架かるけど、やっぱり最後は昔と同じように渡渉して本宮大社へと向かいたい。
水量が少なさそうなので、渡渉できそうだ(水量多い時は危険)。
今日は12/27でとても寒い。
渡渉終盤は、足先の感覚が無くなってきた。。
そして川の石ころが、素足だと痛くて辛い。
猛烈に、足裏のツボが刺激される。
友人は、ビーチサンダルを持参しており悠々と渡る(チクショーw)。

熊野修験は昔、長床衆(熊野本宮大社で修行した山伏)の迎えを受けて、最後の禊ぎをここではたす。

先程居た大斎原展望地が見える(中央)

陽が暮れてしまい気温が下がり肌寒くなる。
それでは大斎原へと向かう。

第1靡 本宮大社(ほんぐうたいしゃ)

熊野坐くまのにいます神社跡地

明治22年(1898年)の十津川大洪水の時に、社殿が押し流された。

大鳥居

高さ34m幅42mの鳥居。
2000年5月に建立。

果無山脈が夕日に照らされる

参拝後撮影

参道の158の石段を登って行く

総門(16:50)

ここより中は撮影可能だが、ネット上での公開は控えるようにと看板がある。
総門を入ると、4社殿がある。
無事礼拝をする。

閉門時刻の17時には鐘が突かれる。
ありがとうございました。

結び

9年振りに歩かせてもらった玉置から本宮。
全然記憶に無いから、とても新鮮だった。
そして玉置山や大森山周辺の樹霜が、ほんと良かった。
冬だけど熊野川の渡渉も無事できて嬉しかった。

タイトルとURLをコピーしました