家から仙台湾まで行って太平洋沿い走って戻ってきた。
今朝は5℃。
— NR (@NRMeizin) April 26, 2026
シェルターの中でビビィ包まったら夏用寝袋でも快適だった(ビビィは結露)。
塩尻宿を走る。
塩尻峠にある展望台から諏訪湖一望する。富士山見えるみたいだけどガスってた。
標高千だと桜もまだ咲いてる。 pic.twitter.com/QKWtC3qlOH
和田越が辛かった。
— NR (@NRMeizin) April 26, 2026
越えたら和田宿。
晴れてて清々しい天気。
浅間山が見渡せていいね。 pic.twitter.com/N5q6opyXxw
和田越してからずっと向かい風+登り基調に、テンションガタ落ち…
— NR (@NRMeizin) April 26, 2026
軽井沢(初)着いて、メガネ橋に行きたくて新18号から旧18号へルート変えたら、偶然にもフォローしているnyagさんとスライドした(感動)しばし談笑してお別れとなった。
群馬県に入りました。
無事メガネ橋を拝め、そして感謝だなぁ。 pic.twitter.com/GysOmxCPZP
群馬に入って道が走りやすい(長野と比較)。東京まで何キロって出てきて、そんな近いんだと驚く。
— NR (@NRMeizin) April 26, 2026
利根川より赤城山や県庁を眺める。
ナイトライドをして11時間振り食事を頂く。
明日は雨か… pic.twitter.com/PcmUh7De9h
前回からのつづき


ルート

距離:192.1㎞(+2.249m)
スタート
朝の気温5℃。
GWでも寒い。。
昨晩モンベルシェルターを張れて、ビビィに包まって寝た。
夏用シュラフだけだと寒かったと思うけど、ビビィあって良かったな。
寒いので、上下雨具・シューズカバー・テムレスで防寒して走り始める。
中山道 贄川宿(長野県塩尻市)
贄川(にえかわ)宿の成立したのは16世紀中頃といわれる。
天正18年(1590)には、天下統一を果たした豊臣秀吉が木曽を直轄領とし、贄川に番所を置いたことが知られている。
本山宿から南に向かうと「お境橋」と呼ばれる橋があり、ここが松本藩と尾張藩の境になる。
この場所には「是より南木曽路」の碑がありここを抜けると木曽路が始る。
贄川宿は木曽11宿の北の出入口にあたる。

贄川宿 本陣
看板のみで何も更地。

深澤家住宅
商人の家で、嘉永7年(1854)の竣工。
木曽の宿場には、至る所に湧き水が出ている。
ここはちゃんと飲めますと書かれていた。
大体煮沸してから飲んでくださいと書かれている。

アルプス展望しののめのみち
アルプス展望って書いてあったから通ってみた。
ふと横見ると、北アルプスが見えて高揚した(笑)
中山道 塩尻宿(長野県塩尻市)
下諏訪宿から三沢峠・小野宿・牛首峠を越える旧中山道が、慶長18(1613)年に廃止され、慶長19(1614)年から中山道が塩尻峠を経由となり新しい塩尻宿が開設された。
宿の普請は、松本領主の小笠原秀政がその任にあたり、旧宿の南西の位置へ東西に、新しく塩尻宿の町割りをした。
本陣の規模は中山道の中でも最大で、宿内には高札場、松本藩の口留番所が置かれた。

本陣跡(左)・脇本陣跡(右)
道標のみで、何も無い。。

和饗(わきょう)酒造
杉玉がいいね。
国道153号線沿いなので、昼間は交通量多いと思われる。
朝6時だったけど、トラックや車など勢い良く走っているので写真撮るのも怖かった。

永福寺仁王門(塩尻市)
大永元年(1521)の創建で長福寺と称したが、八代将軍吉宗の長子の名と同じであった為、永福寺と改められた。
観音堂は立川流の中でも特に彫刻に名作を残している二代目和四郎富昌の遺作。
仁王門とともに市の有形文化財に指定されている。
信州筑摩霊場三十三ケ所観音霊場第17番。
仁王門が立派で立ち寄った。
塩尻峠

峠道
標高1.000m程あって、桜が見頃だ。
国道20号線から中山道沿いを走ると、車は皆無。

塩嶺御野立(えんれいおのだち)公園 展望台
富士山や南アルプスや八ヶ岳が見渡せれるが、、、
生憎の雲多く、富士山見えず。
眼下に諏訪湖や岡谷市内を見下ろせれる。

北アルプスも見える
木の枝が邪魔だが、、
生い茂ると、もっと眺望は悪くなるだろう。
ここから一気に岡谷市内へ下る。
再び登りがはじまる、、、

橘橋茶屋 本陣跡
道標のみ。
綺麗なトイレがあって、ベンチがある。
しばし小休止した。

萌黄色の森
とても気持ちがいいね。
国道142号線は、交通量も少なく路側帯も広いし走りやすい。

新和田トンネル
標高1350mまで登ってきた。。
中山道 和田宿(長和町)
中山道69次の28番目の宿場。
背後には和田峠、隣の宿場である下諏訪宿までは長丁場(約22km)だったため多くの旅人が利用した。
本陣(長井家)は文久元年(1861年)3月の大火(宿場の2/3、109戸が全焼)で全焼したが、11月に皇女和宮降嫁の宿泊地とされていたために急遽再建された。
本陣建物は大名などの宿泊にあてられる「座敷棟」と、生活空間である「居室棟」に分かれていて、現在残っているのは板葺き石置き(1633個の石)屋根が特徴的な居室棟です。(座敷棟は上田市生田の龍顔寺に移築)昭和61年より5年をかけて解体復元修理がされた。

本陣(左)・居室棟(右)
板葺き石置き(1633個の石)屋根が特徴的な居室棟だが、見逃した。。。

和田地区の桜は見頃だな
朝食
主食「大盛り ペペロンチーノ」
主菜「サラダチキン」
飲料水「ピルクル」
中山道 長久保宿(長和町)

道祖神と八重桜
晴れて八重桜が映えるね。

浅間山(右)
笠取峠を越えて浅間山系が見渡せれる。
中山道 茂田井間の宿

茂田井(もたい)村は「間(あい)の宿」と呼ばれ、旅籠を持たない休息処だった。
これは幕府による本宿保護のために出した禁令によって、本宿以外での宿泊を取り締まったため。
元禄2年(1689年)名主市郎右衛門が酒造りをはじめ、現在は大澤酒造と武重本家酒造の2軒の造り酒屋があり、武重本家酒造の通りに面した蔵の敷地には若山牧水の歌碑がある。
いまでも古い街並みがそのまま残る茂田井間の宿は、旅人を魅了し続けています。

白壁の土蔵・板塀・連子格子の家々が街道沿いに並ぶ
奥には浅間山が望めて、落ち着く雰囲気だ。
中山道 望月宿(佐久市)
江戸から25番目の宿場。
奈良平安期の信濃には16の牧があり、約80頭の馬を朝廷に献上したと言われている。
その中でも望月は突出しており、中秋の名月になると信濃より馬が送られてくるので、その代表格であった場所が望月と命名された。
街道沿いには、「望月歴史民俗資料館」や国の重要文化財に指定されている、出桁造りの旅籠「真山家」(大和屋)がある。

脇本陣(手前)・大和屋(奥)
中山道 八幡宿(佐久市)
周辺の八幡・蓬田(よもぎだ)・桑山地域の住民が移住してつくられた。
千曲川を渡り、わずか27町の距離に八幡宿がある。
両宿場の間を千曲川が流れているため、宿場間の距離がきわめて短くなっている。

脇本陣
南を振り向くと・・・

蓼科山など北八ヶ岳が見渡せれる
山頂付近は残雪が見える。

千曲川より浅間山
佐久盆地(平)って最高だな。
山に囲まれて、こんな景色を眺めれるんだな。

枝垂れ桜と浅間山
こんな景色見たら、浅間山もいつか歩いてみたいね。

浅間山としなの鉄道
写真じゃ分からないが、佐久盆地ではずっと向かい風の登り基調がつづく。。。
まじ辛い。。。

信濃追分駅
なんとか佐久盆地から登った感じ、、、
テンションダウンです、、、
昨日も2000m以上アップで、今日も同じくらい登っている。
脚が、2日目にして早くも終わってきたな。
軽井沢の奇跡
同じく中山道を三重県から走ってきたNRさん@NRMeizinに遭遇しました!!
— nyag (@nyag19) April 26, 2026
2000kmの行程を全て野営でこなすその自転車の重量、なんと26kg超え!持たせていただいたら嘘みたいに重い🤣❕️
短い時間でしたが楽しかったです😆
お互いの旅の安全を祈って名残り惜しくもお別れ…最終日まで頑張りましょう! pic.twitter.com/lfz1gdQfeO
やがて国道18号線と合流し走る。
一気に交通量が増える。
軽井沢だし多いんだろうな(初訪問)。
信号待ちでグーグルマップを見る。

「碓氷峠」(うすいとうげ)というワードを見つける!!
これってよくTwitterで見るやつだ。
新国道18号線走っていても歩道走ってるから、そっちに行ってみるかで方向転換した。
(ルート作成は、大雑把に作っているから基本的大通り)

別荘地の間を走り抜けていく
これだよ!
これが軽井沢のイメージだ。
旧国道18号線は、路側帯広いし走りやすい・・・・
スライドするサイクリストから「NRさん!!」と???
話すとお友達の「nyag」さんだった。
前日会えたら良いですねみたいなやり取りしていたが、まさか会えるなんて、、、

コンビニ前で談笑
自分と同じような自転車旅スタイル(野宿等)で、以前からお会いしたいなと思っていた。
サドル(中華製)が、一緒なのも驚いた(笑)
自分の備忘録を見て買ったみたいで、嬉しい限りだ。
nyagさんは今回、関東から中山道を走り門司まで行って尾道戻る旅をしていた。
相変わらず変態だ(尊敬)

それではサヨウナラ!!
楽しい時間でした(感謝)
ずっと向かい風でテンションダウンしてたけど、出会ってテンションアップだ!!
パニアバッグ付けてて私に気づいてくれたみたいだから、これからも付けて走るしかないな(笑)

軽井沢駅
気品溢れる駅だな。
群馬県

群馬県入ったぞーー
碓氷峠ということで、ここから下りがはじまる。

萌黄色のブナ
森の雰囲気がいい。

信越本線の橋梁
信越本線の横川(群馬県)一軽井沢(長野県)間11.2kmは、明治26年(1893)にわずか1年半の工事期間で開通した。
平成9年9月 (1997)長野(北陸)新幹線開通に伴い廃線になり、信越本線の104年間が終わった。
煉瓦造りの橋梁が素晴らしい。

廃線ウォーク
歩けるようになっている。
自転車はダメです!
丁度ツアーが開催されており、多くの人が歩いていた。

めがね橋
第3橋梁(めがね橋)は、長さ91m・高さ31mで約203万個のレンガ造りで、日本最大のレンガ造りアーチ橋。
これだよこれ。
よく見るのだ。

妙義山
スゴイ山容だな。
中山道 坂本宿(安中市)

金井本陣跡

EF63
碓氷峠を越えた電気機関車。

東京まで132㎞
群馬からその距離で、東京まで行けるんだね。(三重県民)
ここから国道18号線を走る。
自転車道があったりするから、気楽に走れる。
しばらくしてから、前橋市内に向けて県道10号線を進む。
ここもわりかし走りやすい。
利根川
群馬県の水源から関東平野を流れ、千葉県銚子市で太平洋に注ぐ一級河川。
全長322kmで、日本第2位の長さ。
流域面積は約16,840平方メートルで日本一を誇る。

利根川
群馬県庁(手前のビル)と、奥には赤城山が望める。
利根川にはサイクリングロードがあった。
よく聞くサイクリングロードか。
数日後、再び出会う(銚子)ことになる、、
そしてここら辺は、関東平野に属するんだね。
遂にここまで来てしまったんだな(笑)

赤城山と菜の花畑
前橋市内を抜けて日光へ向けて進む。
日が暮れて夕食を食べる。
夕食
主食「大盛り ミートソース・ジャムパン」
主菜「-」
飲料水「ピルクル」
果物「グミ」
思えば朝食べてから、ずっと食べて無かったな。。
カロリーメイト(補給食)で食い繋いだ。
今宵の宿を探し寝たzzz
つづく
結び
向かい風で疲弊していたけど、奇跡の出会いから元気をもらった。
碓氷峠には感謝だな。
煉瓦造りの橋梁は雰囲気が良くて、また機会あれば歩いてみたいな。
