塩嶺山域の林道へ行ってきた。
久々青空を見た気がする。
— NR (@NRMeizin) September 12, 2026
地形図だけを見て来たんだが、ここ「日本ど真ん中ルート」(グラベル)ですよって関東のグラベル乗りに教えてもらった… pic.twitter.com/DCPfIoiGZA
林道がマッドで自転車泥んこになって、かっこいい。
— NR (@NRMeizin) September 12, 2026
情けないことに、財布忘れてセブンでお金引き出す…ついでにお酒買った。
お金をゲットしランチセット食べたら、漕ぐのが辛いほど満腹…(美味しかった) pic.twitter.com/81HR8p3OEH
前回からのつづき

スタート
夜勤明け長野県へ。
— NR (@NRMeizin) September 11, 2026
今晩は某所にてキャンプをする。
取り敢えず小雨なので、仮眠してから動くか(9時頃から晴れみたい)。 pic.twitter.com/GRam4GtNCL
夜勤明け帰宅して風呂入って、直ぐに家を出た。
三重県からずっと雨がつづく、、、
恵那山トンネルを越えたら、濃霧で更にテンションダウン。
そんな感じで、車を走らせること2時間40分程で辰野町へ到着した。
取り敢えず、仮眠を取る。
暑くて目を覚ます。それでも1時間くらい寝れた。
準備をして出発。
先ずはコンビニ行って、行動食を買う。

青空
久々青空を見たな。
秋雨前線が活発で、ずっと雨だったからな。

林道 王城枝垂栗線(おうじょうしだれぐりせん)
起点が、辰野地区になる。
林道看板は「王城枝垂栗線」だが、案内板は「大城枝垂栗線」ってどっちなんだい(笑)
ずっと舗装路がつづく。
辰野駅の標高が720mで、大城山が1027mある。
約300mアップだ。
朝一から、アツくなるぜ。
だが気温が22℃だから、めちゃ涼しい(三重県北部と比較)
大城山(1.027m)
林道から大城山頂へと進む。
すると未舗装路へとなる。
途中バリケードあるけど、自転車はOKとちゃんと書かれている。

大城山からの眺望
伊那盆地を見下ろせる。
東側の南アルプス(赤石山脈)と西側の中央アルプス(木曽山脈)が見えたらもっと良かったけど、、、
頂上付近はかつて「王城(大城)」と呼ばれる城が築かれていた戦国時代の城跡(王城跡)でもある。
ここから稜線を辿る。
(後から知るが、自転車コースでは無い)

石仏と巨杉
一杯水がちょろちょろと流れていた。
広葉樹と針葉樹が混在している。
日陰でとても気持ちがいいね。

細いトレイル
落ちたら危ない場所だね。
「日本中心のゼロポイント」へ行こうとしたが、激下りになった。
これをまた担ぎ登り返しかと考えたら、、、
よし今日は無理はしないよ(この後きゃんつー集いだから)。
そうと決めれば引き返す。
程なくして再び林道と合流する。
路面は、舗装路と未舗装路のミックス。

陣馬ヶ原
かつて馬場だったとも推測されるのどかな場所。
地元辰野出身の歌人・江ほむら氏の「古里のどの山からも雪がくる」という詩が刻まれた歌碑が建てられている。
天竜川を挟んだ左岸の山々が見える(木々が邪魔だが、、)
鶴ヶ峰(1272m)

日本中心の標

鶴ヶ峰展望台より伊那盆地を見下ろす
南アルプスや八ヶ岳が一望できるみたいだが、、、
左下に大城山が見えてる。
丁度ここで登山者の方々と談笑させていただく。
すると・・
自転車乗りの方が走ってきた。
お~~~これは「きゃんつー集い」の参加者なのか⁉
近付いてよく見ると、明らかに荷物が軽装だ、、
話すと神奈川から来られたみたいだ。
そして来週王滝レースに出場されるみたい(ガチ勢)
何より驚いたのは・・・
「日本のど真ん中ルート」で探せばルート地図出てきますよ。
えっ、ここ公式なんだね。
地形図しか見て無くて、、、
まさかのオープンルートだ!!

案内板
確かにここまで来るのに、何個か見た気がする。
てっきり登山の案内板だと思っていた(笑)
こんなグラベルルートに案内板あるなんて、思いもよらず、、、
すごいぞ、辰野町!!


林道
秋雨前線の影響か、倒木が多い。
そして路面はマッド。
慎重に進む。
鶴ヶ峰から下り基調。
そして未舗装路がつづく。
とても気持ちが良い。

しだれ栗展望台下より諏訪湖を望む
展望台に上がり(頭上注意)、諏訪湖が見下ろせれる。
晴れてれば八ヶ岳が、一望できると思うけど雲多くて、、
ここから一気に下る。
やがて舗装路の、塩嶺王城パークライン(県道683号線)に出る。
大城山分岐の未舗装路から約11km程走った。
やがてキャンプ場に到着(12時過ぎ)。
16時からまで、時間あるのでご飯を食べに行く。
みさき食堂(辰野町)

外観
小野駅の向かいにあるお店。

ねぎ豚ラーメン(¥950円)・チャーハン(¥900円)
ねぎ豚は、みさき名物みたいだ。
そしてご飯類だと、チャーハンが人気みたいだ。
(店員さんに聞いて、注文した)
香ばしくなるまで炒った叉焼(チャーシュー)と、その油をまとったネギをラーメン醤油と黒胡椒で味付けしてある。
ネギのインパクトが強く美味しい。
チャーハンも美味かった。
ランチタイムは、ラーメン類とご飯類を注文すれば「¥100円引き」になる。
矢彦・小野神社(塩尻市)
もとは「小野南北大明神」という1つの神社だったが、豊臣秀吉の時代(天正年間)の領有争いの裁許により、村が塩尻側と辰野側に二分されたため、現在も同じ境内に北側の小野神社(塩尻市)と南側の矢彦神社(辰野町)が並んで鎮座している。
矢彦神社の境内地は、塩尻市北小野地区の中にありながら辰野町の飛び地となっている。

矢彦神社鳥居
国道153号線を北上していたら、立派な鳥居や杉があった。

神楽殿
天保13年(1842年)に建立。

彫刻(神楽殿)
江戸時代を代表する名工・立川和四郎富昌(たてかわ わしろう とみまさ)の門流または本人の手による建築。
切妻造、銅板葺、妻入の様式をとり、境内の中心に堂々と構えている。
江戸時代の名工による彫刻が、素晴らしいね。
立川????
何か聞き覚えが・・

↑白山中居神社の社殿も手掛けた「立川富昌」氏だ。
天明2年(1782年)生まれ。安政3年(1856年)没。
忘れ物。。。

財布忘れた、、、
そのため昼食後、コンビニへ行ってお金をおろした(一安心)。
缶チューハイと柿の種を買った。
小野宿(初期 中山道)

ー慶長5年(1600)関ヶ原の合戦後、信濃一円は徳川家康の支配下に置かれた。
ー慶長6年(1601)大久保十兵衛長安により、下諏訪―三沢―楡沢―小野―牛首峠―木曽桜沢を結ぶ初期中山道が開設され、小野宿に町割りも敷かれた。
ー元和2年(1616)初期中山道が廃止されるまでの15年間、小野の地は米・木材などの輸送で一時期大変繁栄したが、新たに下諏訪ー塩尻峠ー塩尻ー洗場ー本山の三宿を通る中山道が設定され、小野宿は塩尻宿から飯田方面に通じる伊那街道最初の宿として残った。
現在の町並みは、安政6年(1859)の大火後に再建されたものである。
問屋などあって、少しだが昔の面影が残る。
ただ国道153号線は、交通量あって道幅が狭い。
ゆっくりと居れないのが少し残念だ、、、

↑この時、中山道を辿った。
初期中山道があるなんて、初めて知った。
また機会があれば、辿ってみたいね。
満腹になったし、小野地区を観光できた。
ぼちぼちと「きゃんつー集い」集合場所へ向かうのであった。
結び
やっぱ長野県は涼しい。
予想外に、公式グラベルルートをトレースすることとなった。
晴れていたら景色はとても良いと思う。
次は、晴れた日に走ってみたいな。
