家から仙台湾まで行って太平洋沿い走って戻ってきた。
最後の野営。夜中風は収まらなかったけど、耳栓のお陰で熟睡できた。蒲郡駅前はボートなのか。25年振り来たけど街は変わったな…けと変わらない場所ありホッとする。
— NR (@NRMeizin) May 5, 2026
欅並木が綺麗だな。
矢作川を越えた。
どんどん三重県近くなってきた。 pic.twitter.com/24j3zJkkAn
衣浦トンネル。ここも渡りたかった。地下11階まで降りて渡り登る押し歩きは、辛かった(笑)
— NR (@NRMeizin) May 5, 2026
知多半島を周る。
昨日見た伊良湖岬なども見渡せた。
羽豆岬、野間灯台と半島を走ったけど、朝早いと走りやすいんだな。 pic.twitter.com/Ktcmuu4IAW
知多半島の海岸線を堪能する。
— NR (@NRMeizin) May 5, 2026
その後は、常滑焼の町を散策。
海岸線から見える、鈴鹿山脈がいいね。
名古屋市に入ってから信号峠が、マジで地獄だな… pic.twitter.com/wDOa3nfsHJ
ゴールしました。
— NR (@NRMeizin) May 5, 2026
三重県に入り、東海道桑名宿を訪れ帰った。
朝遠くに見えた鈴鹿山脈が、近くに見え感慨深い。
11日間色んな方々に感謝感激です。
ありがとうございました。 https://t.co/CGvE0brj6O pic.twitter.com/L8yHTVXqwI
知多半島の一枚。白い砂浜と青い海と空が良かった。
— NR (@NRMeizin) May 5, 2026
帰宅後直ぐにしたのは、旅でノートラブルの愛車を掃除した。付属品など全て外してあげて、めちゃ軽くなった。
マック解禁。息子と暴飲暴食中(自転車旅中行くと店から出れなくなる)。
4キロ程減量してたから、当分は食べれるな。
明日からまた仕事… pic.twitter.com/NRHst7yO5m
前回からのつづき











ルート

距離:180㎞(+892m)
スタート
最後の野営。
風が強かった。
明け方まで風は止まなかった。
スィーツ・お菓子食べて、ジュース飲んで、贅沢な夜だった。
疲れもあるけど、今日で終わりかと思うと寂しい気持ちだ。
知多半島一周もパスして帰っても良いけど、そん時の気分だな。
準備して出発する。
蒲郡市や西尾市は、車多そうだから早く起きた(3時前)。

渡津橋(豊川)
2000年頃よくこの橋を通っていたな(懐かしい)。
その当時、国道23号線の豊川橋が有料(¥200円)だった。
そのお金をケチって、豊川橋の一つ上流の橋(渡津橋)に遠回りしていた。
その後豊川橋は、2005年に無料化していたんだね。。

蒲郡市内
この昭和感、めちゃ記憶に残ってるわ~。
全然変わっていない。
昼間お店開いてんのかな??

ヨット(蒲郡駅南口)
ヨットの最高峰レース「アメリカ杯」のための練習艇(全長23・2メートル、幅5・5メートル)が駅前に飾られている。
本番で使われた日本艇とほぼ同じものという。
「アメリカ杯」とは、近代五輪をしのぐ165年の歴史がある。
日本は1992年、95年、2000年の3大会に出場し、いずれも4位だった。
蒲郡は88年から、チーム「ニッポン・チャレンジ」の練習拠点に選ばれた。
クルーたちは数年間、街に住み、練習艇を使って訓練を重ねた。
蒲郡は「ヨットの街」だったのだ。
しかし00年以来、出場は途絶え、その記憶は市民の間からも薄れつつある。
蒲郡だし競艇のボートかと思ったら違った(笑)
そして古い駅舎だったはずだし、駅前も昭和な町並みだった気がする。
それが綺麗な駅舎だし、高層マンションなど建てられてて、朝から驚愕だ。

メタセコイア並木(幸田町)
ケヤキかと思ったら、メタセコイアだった。
秋は紅葉が綺麗みたいだ。
直線の道と日の出がいいね。

県道41号線
幸田町から西尾市へ入った。
すると遠くに藤原岳(鈴鹿山脈)や養老山地が見えた!!!
西尾市からも鈴鹿山脈が見えるんだな。

矢作川(やはぎがわ)
長野県・岐阜県・愛知県を流れて三河湾に注ぐ河川。
一級水系矢作川の本川。
最上流部は「根羽川」とも呼ばれる。
川を渡れば、西尾市から碧南市に入る。
ここ矢作川からも鈴鹿山脈が見える。
見慣れた鈴鹿山脈を見ると高揚するよね。
衣浦トンネル
衣浦(きぬうら)港には、碧南市と半田市を結ぶ、長さ1.7kmの「海底トンネル」がある。
日本で初めて、地上で造ったトンネルを沈めて海底に造った“衣浦(きぬうら)トンネル”。沈めてから水を抜くと、中が道路になる。
陸上で造った複数のトンネルを海に沈めて、地上の道路と繋げる“沈埋(ちんまい)式”工法で建設され、1973年(昭和48年)に開通。
沈埋式で造られた海底トンネルとしては、日本最古。
地下11階の場所にある歩行者・自転車専用のトンネルは、長さ480m。
回り道することなく、海底を歩いて碧南市と半田市を往来できる。
日本に人道海底トンネルは5箇所ある。
①関門トンネル人道(780m)【山口・福岡】
②川崎港海底トンネル人道(1.965m)【神奈川】
③衣浦トンネル人道(480m)【愛知】
④黒部漁港海底地下道(40m)【富山】
⑤新潟みなとトンネル(1.423m)【新潟】

↑「①関門トンネル」の備忘録

↑「⑤新潟みなとトンネル」の備忘録
今回ここ「③衣浦トンネル」を渡るのを楽しみにしていたのだ。

入口(碧南市側)
碧南緑地展望台の横に入口がある。
車は有料トンネルだけど、自転車や歩行者は無料です。

スロープあり
自転車を押して下って行く。
地下11階まで、階段を下りていく・・・
踊り場(階段と階段の間のスペース)が狭くて、自転車切り返しが大変。。

480mトンネル
ラジオが放送されている。
よく聴くと、東海に住んでいる人なら分かる「ZIP-FM」だ。
1人散歩している方が居られた。
気温は外気温と変わらず、15℃だった。(5月上旬)
再び地下11階から地上まで、押し歩きで上がる(疲れる)。。

半田市より碧南市を振り返る
小さくて分かりづらいけど、碧南緑地展望台の横に入口の建屋が見える。
入口から出口までの時間は、約10分だった。
現在朝6時。
晴れているし、今から知多半島一周行こうと決めた。
知多半島
名古屋市の南部に伸び、西は伊勢湾、東は三河湾に挟まれ、その南には太平洋を望む、温暖な気候に恵まれた豊かな半島。
古くから酒や酢・味噌・たまりなどの醸造業を始め、千年以上の歴史を持つ常滑焼や、知多木綿などに代表されるように「ものづくり」の地として栄えてきた。
半島全体は「5市5町(東海市、大府市、知多市、常滑市、半田市、東浦町、阿久比町、武豊町、美浜町、南知多町)」で構成されている。
10年振りだな。
その当時、週末で凄い渋滞とかあって良いイメージが何も無い。。。
衣浦トンネルを潜り「半田市」に出て、海沿い道路を走って行く。
しかし工業地帯で海は全く見えない。。。
次に、「武豊町」も町中を走るから海とは無縁。

国道247号線(美浜町)
南平井地区辺りから海岸線を走る。
左が蒲郡で、右が昨日走った渥美半島になる。
交通量少なく最高だ。(朝7時)

国道247号線(南知多町)
豊丘地区からの景色だ。
田んぼと知多湾が良い感じだ。
羽豆岬
知多半島最南端「師崎(もろざき)」にあるのが羽豆(はず)岬。
観光船乗り場の南西には、天然記念物に指定されているウバメガシを主とする暖地性常緑樹からなる小高い原生林があり、付近の山地の植物群とは違った景観を見せる。
眺望のよい場所で、全長800mのウバメガシ遊歩道のなかに羽豆神社と展望台があり、日間賀島、篠島、三河湾、伊勢湾が見渡せる。
この岬には14世紀初めの元亨年間の南北朝時代に熱田大宮司であった千秋昌能が築城した羽豆崎城があったと伝えられ、城址碑が建てられている。

羽豆岬大鳥居
羽豆神社の大鳥居の向こうに篠島が見える。
室町時代の初め、宗良親王は足利勢との戦乱の途中、師崎を訪れた。
また徳川家康や徳川義直なども、ここへ訪れた。

羽豆灯台

山海海水浴場(南知多町)
続いて西海岸を走って行く。

内海千鳥ヶ浜海水浴場(南知多町)
白浜がいいね。
トイレ掃除の方が、たまたま今日はサーファーが居ないみたい。
毎週末サーファーがいっぱい居るとのこと。

野間埼灯台(美浜町)
大正10年3月1日に初点灯した愛知県で一番古い灯台。
当時の最新技術だったコンクリートで造られ、100年を経た今でも輝き続ける。
初点灯の少し前に名古屋港の改修工事が完成し、大型船が伊勢湾を航行するようになった。
平成に入った頃からは恋人たちが南京錠を掛けるスポットになり、ウエディングフォトの撮影地として大人気。
現在の野間埼灯台はカップルの未来を照らし、幸せを導く灯台にもなっている。
そんなわけで、灯台寄ったら丁度カップルが誓い合っていた。
見てたらこっちまで、幸せな気分になりましたわ。

オレンジライン(美浜町)
国道247号線は町中を北上していく。
海見たくて海側へ出たら、セントレア空港が見えた。
このまま進んで行きたいところだが、道が悪いので少し走って戻った。
フル装備だと、振動が辛い。。。
日帰り装備とかなら気にならないと思うが、、
国道247号線が、道広くてとても走りやすかった。
交通量多いけど安心だね。
ここで多くのサイクリストとスライドした。
常滑市

お茶の味がまろやかになるといわれる常滑焼の急須。
独特の朱色と艶のある焼きものとして一躍有名になった。
現在は朱泥焼だけでなく、多くの作家や職人が住み様々な焼きもので名を馳せる。
常滑の窯業は急須や茶碗だけでなく、甕(かめ)や焼酎瓶、土管、レンガ、タイルなど、陶器製造で日本の産業を盛り立てる。
街にはまだまだそんな時代の風情が残されており、特に「やきもの散歩道」には、煙突、窯、工場などが点在する。
ずっと行きたかった「やきもの散歩道」。
常滑と言えば「セントレア空港」は何度も行ったけれど、ここ常滑焼エリアへは訪れていなかった。


土管坂
廻船問屋瀧田家から南に10mほどの所にあり、やきもの散歩道を代表する風景の1つ。
明治期の土管と昭和初期の焼酎瓶が左右の壁面をびっしりおおい、坂道には「ケサワ」という土管の焼成時に使用した捨て輪の廃材を敷き詰め、滑らず歩きやすいように工夫されている。
土管の数:63本
焼酎瓶数:390本
これが見たかったです(感激)。

とこなめ招き猫通り

「旅行安全」招き猫

「ペット守護・供養」招き猫

大野海水浴場(常滑市)
鈴鹿山脈に沈む夕日を眺めれる人気のスポットみたいだ。
ここから鈴鹿山脈の藤原岳などくっきりと見えるね。
知多市・東海市

知多市役所
蔦に覆われているな、、
この界隈は初めて走る。
なのでどこを走って良いのか、全く分からない、、
取り敢えず北へ向かって走る。
国道155.247号線の傍を、走る感じ。
昼食
主食「ジャムパン・あんぱん・おにぎり」
主菜「ー」
飲料水「コーラ」
補食「カロリーメイト」
天気良く暑くて、がっつり食べれる気がしなかったのでパンにした。
コーラが美味いな。
これが最後のコンビニとなる。
カロリーメイトで、残り家まで頑張れるな。

聚楽園(しゅうらくえん)大仏
1927年5月21日、昭和天皇のご成婚を記念して開眼供養された聚楽園大仏。
名古屋の実業家・山田才吉が建立。
東海市のシンボルともなっている。
鉄筋コンクリート製で、高さは18.79メートルと、鎌倉の大仏(11.5メートル)より大きい。
台座には、一切経の写経石が埋められている。
何も知らずにふらっと走っていたら、横に大仏現れてビビった(笑)
名鉄常滑線の直ぐ横にある。
誰一人写真を撮影する者は居ない。
これが日常なのか。
観光客などは、高速道路や西知多産業道路を使って東海市を通過してしまうと思う。
この界隈走っている多くは、地元住民の方しか居ないと思われる。
よって日曜日昼時でも、交通量がぼちぼちで走りやすかった。
名古屋市

名古屋市に入ったぞーー
やっと来ましたな。
国道247号線から東海通りを西へ進む。
堀川を横切る時、階段を押し歩きした。。。
マジでキツイ。。

庄内川
ここから鈴鹿山脈や養老山地が一望できるんだな。
藤原岳から竜ヶ岳・御在所岳・鎌ヶ岳まで綺麗に見えている。
西尾張中央道と交差した所から、国道1号線を走る。
あれ、1号線が一番走りやすいと思った。
道広いし。
ただ交通量は多いが、、
三重県
遂に・・・・

三重県に戻ってきたぞーーーー
やっとここまで帰ってきました。

伊勢大橋
1934年(昭和9年)に完成。
全長は1,105.7m、伊勢湾岸自動車道の揖斐川橋(2001年完成全長1,397m)が開通するまで、完成当時から67年間も三重県最長であり、現在でも2位である。
太平洋戦争時、出来たばかりのこの鉄橋をアメリカ軍の戦闘機は攻撃をした跡が残る。
この弾丸跡を見つけたくて、押し歩いて渡った。
結果見つからず。。。
帰宅後調べると、長島の近く下流側にあるみたいだ。

新設の橋桁
老朽化した伊勢大橋を、架け替え工事が行われている。
数年前通った時は、ポツっとあった程度で工事進んでるな。

また探しに行きたいね
東海道 桑名宿
東海道五十三次・第42番目の宿場。
熱田宿(愛知県)とを結ぶ海路「七里の渡し」の玄関口として栄えた歴史ある宿場町。
江戸時代には「その手は桑名の焼き蛤」と謡われた名物や、水運の拠点として多くの旅人で賑わった。

七里の渡し跡
尾張熱田の宮宿より海路七里(約28km)あったことから「七里の渡し」と呼ばれた。
宮の渡しからの所要時間は天候や潮の干満により異なるが、おおよそ3~6時間と言われる。
ここは伊勢路の東の玄関口で、江戸中期に「伊勢国一の鳥居」が建てられた。
この鳥居は式年遷宮ごとに内宮宇治橋入口の鳥居が下賜され、建替えられている。
自転車旅 最後の目的地、桑名宿(東海道)。
旅してく中で、最後の目的地をどうしようと考えていた。
中山道から始まって、太平洋岸自転車道を走りながら、東海道も巡った。
やっぱり最後はここしかないなと決めた。
エモンダ買った時とか、毎晩のように走りにきていた桑名宿。
思い出が多い、桑名宿でもある。
11日間の自転車旅が終わったな。
(まだ家まで走らないとあかんが、、)

鈴鹿山脈
早朝に西尾市から微かに見えた鈴鹿山脈が、今はとても大きく見える。
なんだかんだで、鈴鹿山脈を探してしまう自分がいるな(笑)
・・・ゴーーーール。
無事到着した。
結び
最終日は近くて遠い愛知県を、存分に走った。
頻繁に走りたくはないけど、ふとした時に走っても良いかなと思った。
何はともあれ11日間、無事走りきれた。
日々皆様に感謝感激でした。
